2024/10/28

OM SYSTEM TG-7



Capture Oneのカメラバンドルバージョンを入手する際に同時に購入したのがこれ。
マップカメラで56358円だった。




価格の割には安っぽいし、オリンパスってこんなにセンスがなかったけ、という感じのカッコ悪さである。
ペンタックスと比べてみたがRAWで撮れるというのでこれを選んだ。

TG-7のレンズは換算で25mmから100mm、レンズ構成は7群9枚。
AW120は、24mmから120mm、10群12枚でEDレンズが2枚含まれている。
デジカメブームのころの製品の方が、金がかかっているというか、しっかり作り込まれている気がする。

また、ズームレンズは望遠側に行けば行くほど解像度が落ちてゆくが、出来の悪い製品だとその落ち方がひどい。
光学ズームの望遠端を多用することになるので、厳しいことにならなければよいが。

まあ、カメラは使ってみないと分からない。
AW120の代わりになるかどうかは実際に水中で撮影してから判断することになる。
来年の初夏には結論が出るだろう。





2024/10/25

Nikon D800



海に落ちる小さな滝。
先日の小川がこうなる訳である。




D800  28-300  ISO 400  1/1000sec  f/8  122mm  hand-held



その時は降られなかったものの、やっぱり雨は降る。
山に降ったその雨は小川に流れ込み、その真水はこうして海に落ちてゆく。
その海で波となってふざけまわり、それに飽きたら水蒸気になって立ちのぼり雲になる。
それでまた雨となって山に舞い戻る。

まあいい、これが循環というものだ、自然というものだ。
これをカメラで撮影して眺めている、今日も。

この溶岩の岩盤は数千年前に形成されたものだ。
だが、私のDNAはどんなに少なく見積もっても5億歳以上、おそらく40億歳以上だ。
だから、こうした風景が生まれては崩壊してゆく様子を今まで何度も見ているはずだ。

焼魚を食べる際に背骨を外す。
時々、その背骨と一緒に目玉が外れることがある。
存在の背骨かもしれないDNAに世界を見せている目玉のような存在が、もしかしたら私だ。

カメラはその目玉の私の見るという役目を助けてくれているのかもしれない、などと考える時間を持てることはとても幸せなことだ。