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2026/04/19

Nikon Z7Ⅱ



仁和寺での花見はこんな具合に約200本の御室桜のトンネルの中を歩く。
目の高さで桜の花が咲いているので迫力があり少し驚いた。
この御室桜の保護活動を行っている住友林業グループはによると、
"正保3年(1646年)の伽藍(がらん)再建の際に植えられたものであり、樹齢360年を超えると推測されることから樹勢の衰えが顕著であり、一部では枯死も危惧されています。
こうした課題を受け、仁和寺は2007年に京都府文化財保護課の指導のもと、住友林業グループ、千葉大学園芸学部と共同で「御室桜研究プロジェクト」を発足しました。
本プロジェクトのもと、住友林業は社内研究施設である筑波研究所で御室桜の生態解明と科学的知見に基づく管理技術の研究を実施。研究の末、2010年に御室桜の組織培養増殖に成功しました。
2012年に境内へ植栽したクローン桜は、2014年にはじめて開花し、以降美しい花を咲かせています。"とのことである。



 

2026/04/18

Nikon Z7Ⅱ



勅使門に関し、文化遺産オンラインには、
"白書院正面に東面して建ち、四脚門、前後唐破風造側面入母屋、檜皮葺である。
本願寺唐門を模した形式をもち、壁面や桟唐戸などを、花菱や鳳凰、唐草などを図案化した流麗な透彫りで埋め尽くす。
亀岡末吉の意匠感覚が発揮された見応えのある大型の門である。"と説明されている。
また、このような透彫りだと地震等に対する強度が稼げないので、左右一対の側方壁を設けたのかもしれない。





2026/04/17

Nikon Z7Ⅱ



勅使門は門の側方に沿うように左右一対の壁を持つ。
向かって右の壁の瓦屋根には12枚の花弁を持つ菊の飾り瓦がある。
こういうのは留蓋瓦(とめぶたがわら)と呼ばれ、屋根の隅(棟の端)など雨漏りしやすい箇所を覆い、隅蓋瓦やともえ蓋とも呼ばれているそうだ。
左側の壁の瓦屋根のは脱落したのか、ついていなかった。






2026/04/16

Nikon Z7Ⅱ



仁和寺の勅使門と満開の御室(おむろ)桜。
勅使門は1913年に再建されたもので亀岡末吉の設計によるもの。
御室桜は樹高2〜3mと低い遅咲きの桜である。
樹高が低いことに関し、仁和寺は、
"御室桜は遅咲きで、背丈の低い桜です。近年までは桜の下に硬い岩盤があるため、根を地中深くのばせないので背丈が低くなったと言われていましたが、現在の調査で岩盤ではなく粘土質の土壌であることが解りました。
ただ、粘土質であっても土中に酸素や栄養分が少なく、桜が根をのばせない要因の一つにはなっているようです。
あながち今までの通説が間違いと言う訳ではなさそうです。"と説明している。






2026/03/31

Nikon D800



ガビチョウのカップルである。
冬はどんぐりが主食だそうでここでヒマワリの種を食べにくるのは珍しい。
なかなか仲睦まじい。

さあ、明日から旅行である。
今回はD800と28-300のいつもの組み合わせはやめにして他の機材を持ってゆこう。
ちょっと大変かもしれないが楽しみである。




D800  150-600+TC1.4  ISO 500  1/80sec  f/9  650mm  hand-held




D800  150-600+TC1.4  ISO 500  1/60sec  f/9  850mm  hand-held



2026/03/30

Nikon D800



じゃれているのか、場所を取り合っているのか、それとも給餌しているのか。
何れしても喧嘩ではなさそうである。
玄関先のマメザクラが散りはじめた。



D800  150-600+TC1.4  ISO 500  1/125sec  f/9  700mm  hand-held




D800  150-600+TC1.4  ISO 500  1/125sec  f/9  700mm  hand-held



2026/03/29

Nikon D800



イカルは群れで行動し、こんな具合に騒がしく植木鉢に集って食事をする。
同じように陣取るカワラヒワだと1鉢に1羽づつである。
MJQのat Music Inn (Atlantic 1247)のジャケットみたいな感じで写したかったのだが、どう見ても新橋の安酒場である。
こちらの腕のせいではなく、むやみに集まるイカルさん達が悪いんでございますよ。




D800  150-600+TC1.4  ISO 500  1/160sec  f/9  700mm  hand-held




D800  150-600+TC1.4  ISO 500  1/160sec  f/9  700mm  hand-held


答え:13羽

2026/03/28

Nikon D800



咲き始めた石楠花とイカルである。
嘴と頭部がデカくてなんとなくTレックスを連想させる。




D800  150-600+TC1.4  ISO 500  1/160sec  f/9  850mm  hand-held



2026/03/27

Nikon D7100



ヒマワリの種を割るシメ。
嘴だけで器用に割り、中身を食べる。
ドジャーズの選手のようだ。
換算で1275mm。




D7100  150-600+TC1.4  ISO 400  1/160sec  f/9  850mm  hand-held



2026/03/26

Nikon D7100



カワラヒワの雌。
雄よりも全体的に色が薄い。
きりがないので、今のヒマワリの種の袋のがなくなったらやめることにしよう。
換算で1275mm。




D7100  150-600+TC1.4  ISO 400  1/100sec  f/9  850mm  hand-held



2026/03/25

Nikon D7100



カワラヒワの雄。
いよいよ春めいてきた。
いつまでヒマワリの種をやればいいのだろうか。
多くの野鳥は虫を喰ってくれる。
しかし、冬場には虫がおらず仕方なくヒマワリの種を喰う。
カワラヒワは年中、植物の種ばかり食べているそうである。
換算で1275mm。




D7100  150-600+TC1.4  ISO 400  1/100sec  f/9  850mm  hand-held



2026/03/24

Nikon D7100



夏目漱石の講演に、私の個人主義というのがある。
漱石の個人主義とか権力や金力などに関するお説には興味がないのだが、ここに漱石が興味深い自白をしている。
漱石は教師になった後でも"腹の中は常に空虚でした。空虚ならいっそ思い切りがよかったかも知れませんが、何だか不愉快な煮え切らない漠然たるものが、至る所に潜んでいるようで堪まらないのです。
しかも一方では自分の職業としている教師というものに少しの興味ももち得ないのです。"

要するに漱石は教師となって社会的な身分が保証された後でも自信が持てず不安な心持であったわけだ。
しかし、"比喩で申すと、私は多年の間懊悩した結果ようやく自分の鶴嘴をがちりと鉱脈に掘り当てたような気がしたのです。"とめでたくその状況から脱却した。
漱石は虚子のすすめで猫を書くことになるのだが、その作品中に長年の研究や思考により分かったことを少しづつ語り、それが契機となって自らを救ったのである。

諦めることなく長期に渡る研究を結実させ、その論文が公に認められるということは、プロフェッショナルの世界で真のプロフェッショナルになれるという副産物をもたらす。
単にプロフェッショナルの世界に身を置くだけでは、漱石のような茫漠とした不安感を覚えることもあるだろう。
しかし、"先生達の先生"という立ち位置に登り詰めるとそういう不安感とは無縁になるし、人生の達成感さえも味わうことができる。
研究というものは真摯な努力と柔軟な考え方により困難を克服した研究者に対してそういうご褒美をくれるのである。
ところで何故50歳までにだったかというと、漱石は49歳で亡くなったというのと、この疑問に答えを見つけることができなければ死んでも死にきれないと思ったからである。




 D7100  150-600+TC1.4  ISO 400  1/500sec  f/9  850mm  hand-held




2026/03/23

Nikon D7100



分野は異なるが、似たような経験をしている。
50歳までにどうしても決着をつけてやると昼夜を問わず研究に没頭しその成果を複数の論文にまとめた。
各論文は審査を経てすべて発行され、依頼され講演を行い、専門書も執筆し、大学の講師や研修所の教官にならないかと誘われたりもした。

鈴木氏は研究の対象を探したそうである。
こっちは、自分の疑問に答えてくれる学説や書物(これは他の学問分野についても徹底的に調べた)がなく、それらしいことを書いてあってもそこに根拠らしい根拠が示されていないという状態だった。
仕方が無いので、自分でその答えを探し始めたのである。
だから"研究の対象を探す"なんて思いもよらないことであり、少し驚いた。

大学の講師や研修所の教官の話を辞退したのは、それを引き受ける必要性が感じられなかったからである。
そもそも私の研究内容は学生や駆け出しの連中に理解できるようなものではない。
将来、その連中が一端の実務家になり、同じ疑問にぶち当たって考えこむようになってからの話だからだ。
そういう実務家なら私の論文を読めば理解できるので何も直接教える必要はなく、務めは果たしたと言えるだろう。




D7100  150-600+TC1.4  ISO 400  1/100sec  f/9  850mm  hand-held 




2026/03/22

Nikon D7100



シジュウカラもD7100のシャッター音を気にしている。
やはりミラーレスの方が野鳥撮影には良いと思う。
彼らは繊細で非常に耳が良いのだ。
聴覚の対象は音楽だけではなく言語もそうだ。

鈴木俊貴氏の"僕には鳥の言葉がわかる"を読んだ。
シジュウカラの生態がよく分かり大変楽しめた。
また、研究過程での出来事や、研究成果を論文にまとめ、その論文が世に認められいった様子も描かれている。
そういう意味では研究者とはどういうものかという小学生や中学生向きの解説本という感じもする。




D7100  150-600+TC1.4  ISO 400  1/200sec  f/9  850mm  hand-held



2026/03/21

Nikon D7100



こちらを見ながらD7100のシャッター音に危険性があるかどうかを確かめている感じだ。
ところで野鳥の耳は目のすぐ後ろ側にあり羽毛によって隠されているそうだ。
可聴帯域は200Hzから8kHzということらしく、低音側が伸びていないのは鼓膜などの聴覚器官がヒトに比べて小さいからだろう。
まあ、小鳥を襲う動物や鳥類は地響きをたてるようなのはいないから、これで十分だと思う。
高域側については、そうだな、この帯域から得られる情報が少ないのと、無用な帯域は脳の処理能力をいたずらに消耗するだけなのでフィルターでカットしているのであろう。
換算で1275mm。




D7100  150-600+TC1.4  ISO 400  1/160sec  f/9  850mm  hand-held



2026/03/20

Nikon D7100



2階のベランダから撮影したソウシチョウである。
D7100のシャッター音を聴いている。
シャッターを切るたびに何だろうと少し頭を傾けるのである。
換算で1275mm。




D7100  150-600+TC1.4  ISO 400  1/200sec  f/9  850mm  hand-held



2026/03/15

Nikon Z7Ⅱ



Z35mm f/1.4との散歩の続き。
せっかくなので近接撮影を試みる。
馬酔木がいい具合に満開だったので開放でじわりと近寄ってみた。
開放バカは返上したはずなのに、やっぱりもったいなくて開放になっちゃうな。
決意もとろけるf/1.4ってか。




Z7Ⅱ  Z35mm  ISO 64  1/250sec  f/1.4  hand-held



2026/03/14

Nikon Z7Ⅱ



Z35mm f/1.4と散歩である。
散歩の空は35mmともなると意外と電線が多くて困る。
いらないものを入れないように切り取り方を考えながら撮ってみた。
もちろん開放である。
マジですか。




Z7Ⅱ  Z35mm  ISO 64  1/6500sec  f/1.4  hand-held



2026/03/13

Nikon D7100



例によってカウチバーディングである。
曇天でしかも窓ガラスに加湿器の汚れがついており、なんだかスッキリしない画像だ。
庭のこぶしのつぼみが大きくなって、それを食べにきたヒヨドリである。
うまそうにむしゃむしゃと際限なく食べる。
おやめください、お好きなように。
換算で1050mm。




D7100  150-600+TC1.4  ISO 400  1/320sec  f/9  700mm  hand-held




D7100  150-600+TC1.4  ISO 400  1/500sec  f/9  700mm  hand-held



2026/03/11

Nikon V2



ウソと同じアトリ科のシメである。
ウソも相変わらず来ているが、このシメの方が滞在時間が長い。
シメの主な食べ物は植物の種だそうだ。
ヒマワリの種が入った植木鉢にカワラヒワが陣取ると、このシメがやってきて追い払う。
時には奴らを追撃することさえある。
シメの方が一回り以上サイズが大きいのだ。
しかし、シメはシジュウカラ達を脅かしたりはしない。
なので餌場の警察官と呼んでいる。
顔つきもちょっと怖いしね。
換算で918mm。




V2  70-200 2.8G2 TC1.7  ISO 160  1/160sec  f/4.8  340mm  hand-held