2025/07/02

HONDA CB1000F



セーネンのころオートバイ屋のゴツイ親父に真顔で言われたことがある。
"お前、レースでもやんのか?"

ふふふふふ、この一言で悟った訳だ。
人生の中でもありがたい言葉ベストテンには入るね。

レースになると趣味ではなくなるよ、お前のレベルじゃ通用しないからそこいらを走り回るぐらいにしときな、そして、これ以上金をかけようとするな、という警告である。
元レーサーだったバイク屋の親父はこう言いたかったのだろう。

趣味っていうのは、自分の置かれている状況にしわ寄せが来ない範囲で好きなことを好き勝手にやる、好き勝手にやれる、ということだ。
それでその結果がマズかろうとなんだろうと、それは甘んじて受け入れる、そういう自主独立のやり方というか生き方が許されている"御意見無用のかけがえのないフィールド"ということになろう。

他者と争うレースになると、社会的に認められたルールの下に身を置くことになる。
こちらの都合や言い訳でそのルールが変更されることは絶対にない。
草レースなら問題はないが、真剣に他人と頂点を争い始めた瞬間に趣味ではなくなる。
だからこういうのは仕事と同じだ。

レースだけではない。
例えば、オーディオ雑誌の評論家の作ったルールの下でオーディオをやるなんて、こりゃ、最初っから物欲に苦しむためにやるようなものである。
オーディオ評論家なんてのは、どうにかして世間知らずの純朴なセーネンに高額な機材を次から次へと買わせようとしている訳だから、距離を保たないと思考を乗っ取られる、金を吸い取られる、あげく若さという可能性を食い潰すことになる。

これは評論家が狡猾だとか、騙された坊やが愚かとか、そういう話でもない。
実はそういう仕組みに組み入れられることを多くの人間が望んでいるから仕方がないのである。
日本人はこういうのが好きだし、不安になるからか仕組みに入らないのを憎んだりするんだよね。

で、話を戻すと、御意見無用のフィールドで好き勝手にやれば当然失敗を繰り返すわけだが、段々となぜ失敗するのかが分かるようになり、とうとう最後はその道を極めることができるようになる。
人生にはそういう過程を楽しむに十分な時間があるし、自分自身で失敗を重ね散々苦しまないと、まあ、極めることなんかできないだろうよ。
セーネンよ、失敗を恐れるな失敗を繰り返しそこから学べ、自分が自由にできるフィールドを他人に明け渡すな、師匠づらする奴なんか叩き出せ、なのである。

という訳で、オートバイへの物欲は"物欲を制御する術"をこんなふうに教えてくれたのである。



2025/07/01

HONDA CB1000F



ついでだから高級車について少し。
BMW750iLと760Li、それからベンツのS550に乗り継いで分かったことは、これらの車種は世界中で称賛されているだけあって、単に豪華というのではなく車としての完成度が非常に高いというのがよく分かった。
それだけに魅力というか魔力があることは認めよう。
しかし、同時に感じたのは高級車に乗ってもそんなには幸せになれないってこと。
車というのはそういうことより誰と乗るのかという要素の方がはるかにデカいと思う。
楽しく家族と乗れるのであれば、車はなんでもいい。
ちなみに、生活や仕事にどうしても四輪が必要な場合を除き、ひとり者だったなら車には乗らずバイクに乗るな。
やっぱり高級だろうがなんだろうが四輪は四輪、バイクの方が断然楽しい。
まあ、こんな風に考えてしまうのは高級車とは本来的には縁の無いヒトなんだろう。

あと、お医者さんのことだけど、、、こんな風に付け足すべきではないか。
コロナの時は青くなった。
子供が感染して死ぬかもしれないと思ったから。
ちょうど子供が研修医で救急車に同乗していたころだった。
午前中に救急搬送した患者さんが午後亡くなった、と言っていた。
コロナが流行り始めたころは現場は本当に厳しい状況だったみたいで、高齢者は助からない、と言っていた。

思い出すのは早瀬文雄氏のことである。
重症のコロナ肺炎になって亡くなった。
患者さんから感染したとか、そういうことはブログには書いていなかったように思う。
世界中で多くの医療従事者の方がコロナで亡くなったり、後遺症で苦しんでいる。
しかし、そういう話は表に出てこない。
ご家族も含め、そのことを想うと今でも無念な気持ちになる。

医者や研修医の過労死のニュースでもうかがえるように、コロナなどの感染症以外でも大変なご苦労をされている。
それが子供を通してよく分かった。
医者の世界とは無縁と書いたが、自分は高校受験のときに医学部のある東邦大の付属高校に合格した。
中学の担任が勧めてくれたので受験したわけだが、全寮制ということ、まだ医者という進路に絞りたくなかったのと、医者の世界のことを全く知らずイメージが湧かなかったので他の高校へ行った。
まあ、医大付属に行った場合、大変な苦労をすることになったであろう。
医者の日常は、病院での拘束時間が長く、まとまった休暇はとれないし、セクションによっては立ちっぱなしの治療行為が延々と続く場合もある。
これで、ハイエンドオーディオと高級車を手に入れられるにしても、そんなつまらんもんで割に合うのだろうかと、ふと思ってしまう。

職業に貴賎なしというのはその通りだと思う。
しかし、あちこちの寺で薬師如来像を拝見すると、病気やけがの治癒は時代を超えて人々にとっての変わらぬ願いであることがよく分かる。
生まれ変わっても医者にはなれそうもない。